oN My wAy

いつも道の途中です……

人間関係はリセットしてもいい?ホリエモンが語る友達の基準【NewsPicksコラボ】について考える。

f:id:terashimaru117:20210915003112p:plain

 

www.youtube.com

 

『学校の先生がそもそも怖がっている』

嫌われることを。無視されることを。目立つことを。

 

そもそもあんな小さな世界(箱庭)で世界観(視野)を広げろってのが無理なんだよ。

 

やっぱホリエモンて良いこと言うね。

なんだろ??『良いこと』って言うのとはまた違う気がする。

 

鋭いこと。

鋭利なんだよ。

刺さる。

これ特に教育現場の当事者からしたらよっぽどグサッ刺さるだろうね。。

なまくらの刀で斬られたんじゃなくて、真剣の切れ味の良い鋭い刀で一気に袈裟斬りでもされた気分だよ。

えぐられるよ多分。

痛いところを、核心をついてくる。

 

このホリエモンの言葉を聞いて、なんだかハッと来た。

 

そもそも教育を施す側である人間が、既に人間が出来ていない。

日本の義務教育の現場の教師こそ、

典型的なTHE日本人だろう。

元来から日本人というのは『村社会』を作りたがる。

世界観を無理やり狭くしたがるんだ。まあしゃあない。

その方が統制が上手く取れるからね。

 

確かにそもそも教師なんてのは、ずっと箱庭の世界で育ってきた、

外の世界を知らない視野の狭い人間が多い。

教師になる為にずっと勉強をして来て、アルバイトも一切せず、

そんでそのまんま教員免許を取って、教師になる人間が殆どだろう。

 

そんな世界観の人間が『生きる指標』みたいな立ち位置にいる空間で築かれた世界だ。

元々視野の広げ方や世界観の逸脱の仕方を知らない子供達(生徒たち)は、更に輪をかけて狭く・小さくなる。

 

この話しを聞いて、テラシマはさかなくんのとある以前語っていたお話しを思い出した。

(いじめられている君へ)さかなクン「広い海へ出てみよう」

中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。

 でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。

 

 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。

 

 中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつりに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできなかったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。

 

 ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。(朝日新聞2006年12月2日掲載)

www.asahi.com

 

勿体ないと思うよ。本当に。日本の特に義務教育は。

 

ヨーロッパや北欧なんかでは日本とは比べ物にならないくらい進んで先鋭的な教育方針を社会が施してるよね。

特にオランダの教育制度なんか世界一ってことで有名な話しだ。

 

1番自分が驚いたのは、オランダの私立の小学校なんかでは、

『少人数制』を採用している。という事だ。

note.com

ひとクラス4〜8人と言うのを聞いた事がある。

オマケに学習方法もそれぞれで、

その子にあった教育方法とことん実践してくる。

このオランダの教育方針のドキュメンタリーかなんかで、それぞれの勉強をしている子供達にインタビューしたところ、

『楽しい』って言ってたよ。

これが1番の大きな違いだね。

勉強すること。学ぶことは本来楽しいことでなければならない。

というか、本来『知的好奇心』なんてそんなもんだ。

全ての事象は興味からくる。

 

ところでオランダやスウェーデン、フィンランドやノルウェーなどの北欧の先進国と比べて、

何故日本がここまで特に教育水準で劣ってしまったのか??

は、実は明確な答えがある。

 

それは単純に、

教育関連に資金が調達されていないから。

これである。

子供の教育関連に掛けている税金や、国の熱量の違い数値化してみると、

それは一目瞭然である。

f:id:terashimaru117:20210907225253j:plain

resemom.jp

↑↑↑ランキングに載ってすらいない。

 

では何故このような事態になっているのか??

もうお気づきだろうと思う。

日本は医療費と介護費に掛ける割合が、

他の国に比べて桁違いなのである。

 

国民の半分以上が50歳以上の国。

国民の2人に1人が50歳以上。

超高齢社会。それが今の日本である。

 

対数の少ない子供達にかける余裕はない。

 

正直言ってしまえば増えすぎた高齢者と言うのは日本の借金のようなものだ。

政府は『少子高齢化対策』と銘打っているが、

今無理やり人口を増やしたとしても、それはまたいずれ国の借金になる。

『老人』になるのだ。

その借金の皺寄せをさせられるのは、更に状況が悪化した、日本の若者だ。

 

では果たして、今後日本の社会に明るい兆しはあるのだろうか??

鋭い教育方針の改革などあり得るのだろうか??

と云うとそれは、

恐らく無いだろうと思われる。

悪化はしたとしても良くはならないだろう。

良くなるのであれば既にそうなっている筈だから。

 

ただし、

個人が教育を選択をする自由。

と云うものは、今後より一層深まるだろうし、充実してくる。

これは間違いないし、既にそうなっている。

今後ホームスクーリングの概念はより一層強くなるだろう。

 

子供が『教育者を選ぶ側』『選択する側』になるのは、悪いことでは無い。

誰しもが『得て不得手』は存在するし『相性』と云うのは必ず存在する。

今まで上手くやれていた人間も、時間が経つと変化することも往々にしてある。

 

国は変わらなくても、個人はいつだって自由に変われることが出来る。

寧ろ環境や状況を変えられるのは自分しか居ない。